酒精雑記

飲む日も飲まない日も

『ニューヨーク眺めのいい部屋売ります』

原題は ” 5 flights up”。階段5つ分上ということなので、モーガン・フリーマンダイアン・キートン夫妻は6階に住んでいたということのようだ。そこに暮らし続けるのは確かに無理がある。

この映画が作られた当時のブルックリンは住宅価格の高騰で、実際に買値釣り上げ合戦があったようだ。そうした世相と9.11後のニューヨークの日常感覚をからめながら、1960年代に結婚したがゆえに色々と苦労もあった黒人&白人カップルの40年余りの人生を回顧しつつ、老夫婦のこれからの生活に向けた迷いのあれこれをほんわか描いた映画となっている。

狭小住宅大国ニッポンの民としては、時にわき上がる猛烈な嫉妬感と戦わざるをえないのだが、主人公夫婦がこの2人でなかったら、その戦いはより熾烈なものとなったであろう。ああ確かにこんな夫婦生活は老後も楽しかろうなあと思わせる、なかなか巧みなキャスティングである。

もっとも、すでに階段を昇るのは大変という問題は顕在化しているのに、これが何も解決しておらず、きっと結局は売らないだろうなあということは映画の最初からわかってはいたものの、映画の主題とした設定の放置という意味では、なんだかしっくりこなかった。老いのためにどうしてもあらがえないものが出てくるからこそ、それを苦くも受け入れつつ、夫婦の愛情と年配者の叡智でより良い人生を続けていくという姿を、そして、そのためにこの夫婦が選んだ新居を見せて欲しかった。

また、ウズベク出身者がテロリスト扱いされてののしられるというシーンもあるのだが、この映画がそうした若者を擁護する視点で作られてるとはいえ、ウズベクの人が観たら、中東・中央アジア世界のステレオタイプな扱いに憤りを感じるだろうなあと心配になった。サブテーマとして1960年代のアメリカ国内の人種差別問題を静かに描いた点で良作であるからこそ、ここがどうしても気になってしまった。

内覧会に出入りする購入希望者それぞれの個性が際立っているところは楽しい。とりわけ、寝室で横になることを快楽とする母を持つメガネ少女とモーガン・フリーマン演ずる画家とのささやかな交流には心が和んだ。

さて、この画家は、アトリエに並んだ作品を観る限り、なかなか良いポートレートを描いているようなのだが、唯一、妻の顔を描くときは観光地の似顔絵売りのタッチになってしまうようだ。この映画の中ではとても大切な小道具なので、ここだけは何とかしてほしかった。

Web上の本作への評には、毒にも薬にもならない映画というものもあった。実際そのとおりなのだが、人は毎日毒を盛られる訳でもなく、毎日健康食品だけを口にする訳でもないだから、まあこういう作品も良いのではないか。

 

昨日の酒量 サッポロ黒ラベル中瓶×1、ヱビス350×1.5、キンミヤレモン杯×1