酒精雑記

飲む日も飲まない日も

『火口のふたり』

2012年秋に発表された白石一文の一作を読む。柄本明の息子の兄貴の方が主演で映画化もされているようだが、原作の主人公のイメージは、もう少し年上で鋭さも欠けた優柔な男ということのようだ。この作品にも手酷い裏切りをする女性が登場するが、『かけがえのない人へ』のみはるよりは飲み込みやすい理由が伴っている。

立派な昨日を残すために今を犠牲にすることの意味を理解したにも関わらず、未来が失われてしまえば今の刹那を生きるしかない。そんな局面に追い込まれた男女を描いたこの小説の舞台は2014年初頭という設定なので、発表時には超近接未来小説として描かれた作品を、ほぼ6年通り過ぎた時点から振り返って読んだということになる。近すぎる未来を題材とすれば古びるのもまた早いのだが、作品発表時から数えて今日までおおむね8年(サッカーW杯ならすでに2回分だ)が経過はしたとはいえ、このころに筆者が世に問おうとしていた切実な絶望感が、さしたる根拠もなくすでに社会からきれいに失われつつあることについて愕然とさせられる。そんな正しく効果的な読後感が残るとは、むしろ作者自身すら想像していなかったのではないか。